「一国のレベルではなく、地球全体でのニュートラリティを考えるべき」宮台

まずは、皆さんがよく耳にする「カーボンニュートラル」「脱炭素」とは何なのか、改めて福田さんからご説明をお願いします。

福田「簡単に言うと、〝温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること〟を指しますが、CO2などの温室効果ガスの排出量をゼロにするというのは、あまり現実的ではないんですね。CO2は森林が吸収してくれたり、地下へ埋めたりもできるので、その〝排出量〟と〝吸収量〟を相殺して差し引きゼロを目指すということです」

現在、日本を含めて123カ国と1地域※1がカーボンニュートラルに賛同し、2050年までに脱炭素社会の実現を目指しています。多くの北米やヨーロッパ諸国が賛同していますが、それに比べて東南アジア、アフリカ諸国が少ないのはなぜでしょうか。

福田「すでにある程度成熟した経済が成り立っている先進国は排出量を減らすことができますが、途上国がこれから経済を発展させていくためにはCO2を出さざるを得ないというのが現実なんです。だから、今後、先進国がどこまで途上国にサポートができるかを明確にしていくと、参加国は増えていくと思います」

宮台「これは、グローバルガバナンスが必要とされる最も重要な領域ですね。今の福田さんの話のとおり、地球のCO2排出キャパシティがあるとすると、産業革命以降に先進国がキャパシティのほとんど全て使ってきて、あと少ししか余裕がないところで、途上国に対して〝その少ない枠内でCO2を出してください〟というのは、フェアじゃない。なので、基本的には、我々の側がコストをかけて途上国の環境対策に手を貸していくことを抜きに、達成はありえません。
実際、インドや中南米では効率が悪いエアコンや工業プラントを使っているわけだけれど、これらの置き換えを先進国からの贈与として行うことが、倫理的に必要です。ところが、どこよりも公共精神を欠いた日本人は、一国のレベルで〝我が国は頑張った〟なんていう浅ましい考え方になりやすい。そうではなく、地球全体でのニュートラリティを考えることだけが公共的なんですね」

ダース「ワクチンを世界中に提供するというCOVAX※2の考え方と同じ構造ですよね。要は、自分の所だけ一抜けしても全く意味がなくて、地球全体でワクチン摂取率が上がらないことには、問題解決にならない。気候にしても、国境線を引いて〝ここからここだけ空気が綺麗〟なんてことはできないですよね。もし日本の官僚が〝削減目標を決めたから、そうしよう〟っていう考え方をしているだけなら、今の話の前提からかなり離れてしまう気がします」

SUGIZO「残念ながら、今までの日本はダースさんがおっしゃったような状況だと僕は思わざるを得ないですね。2020年の菅(義偉)総理が2050年までに国内の温室効果ガス排出量を実質ゼロとすることを宣言しましたが、その決断も世界に忖度(そんたく)して言ってしまったように僕には思えました。でも、理由は何であれ、一国の総理が発信したことが大きかったし、その表明が政治家の方たちの意識を引き上げてくれたらいいな、と思っています」

福田「今まで日本の経済成長は、人件費が安く、製造コストを下げられるアジア諸国に工場を移すことで成されてきましたよね。その工場が排出するCO2は、本来日本国内で排出していたはずのものだったという現実を踏まえれば〝私たちは知りません、途上国が頑張ってください〟という話にはできないと思います。だから、今後、日本企業がアジアの国に工場展開していく際は、たとえコストが上がったとしても、CO2を出さない設備で工場を作るとか、そこまで踏み込まないと海外から〝無責任な国家だ〟と言われてしまいます。だから企業にも努力をしてもらって、それで生産コストが上がり商品が100円高くなっても、消費者はちゃんと買うというように連携していくといいと思うんです」

※1出典……『日本のエネルギー2020 日本のエネルギーの今を知る』経済産業省資源エネルギー庁

※2COVAX……コバックス。COVID-19ワクチンへの公平なアクセスを目的としたグローバルな取り組み。GAVIアライアンス(GAVI)、世界保健機関(WHO)、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)などが主導している。

 

福田峰之 photo by 関根渉

「〝良き方向〟に既にシフトし始めている」SUGIZO

確かに。100円上がったとしても、それでCO2を抑えられるなら地球を守ることになる。SUGIZOさんがよく「利他的」という言葉を使っていますが、そういう視座に立てばその100円は決して高くない。そうした意識や価値観に変わっていくといいですよね。

ダース「企業が利益を追求するものだという前提に立てば、目先の〝商品が100円上がる〟っていう話よりも、長いスパンで見て企業が脱炭素に取り組むこと自体がブランディングになり、利益に繋がる市場を作っていけたらいいですよね。つまり、〝CO2を削減したほうが儲かる〟という市場になっていったらいいってことですね。そういう取り組みをしている企業のものを買う、そういう企業の株価が上がるっていう方向へ消費者や投資家がいけば、単純に社会にとっての良きことと利益が結びついてく。ヨーロッパやアメリカはすでにそういう考え方だし、そういうことが企業のガバナンスの中に組み込まれていないと、もはや勝負できないですよね」

宮台「そうですね。それをESG(環境・社会・ガバナンス)投資といいます。この場合、資本主義の廃絶を目的にしているわけではありません。そもそも資本主義は〝元手の増殖のために元手を使うシステム〟として定義されます。資本主義を廃絶しなくても、〝儲ける〟というインセンティブに社会的な価値が役立つ形があればいいんです。つまり〝良いことをすれば儲かる〟社会になれば、企業は良いことをします。
さて、〝良いことをすれば儲かる〟かどうかは、消費者や投資家の行動で決まります。経済における消費や投資は、政治におけるボーティング(投票)にあたります。だから先ほど申し上げたように、政治におけるのと同様に、経済においても、社会な価値観の広がりが非常に重要になるんです」

ダース「この観点で思い出したのが、心の不調を理由に全仏オープンを棄権した大坂なおみ選手に対する日本社会の反応です。特に多かったのが、〝スポンサーがついているのに、こんなことやるのか〟という反応でした。でも、結果的にアメリカのスポンサーは大坂なおみに更に投資することになった。つまり、その企業は〝大坂なおみ的なメッセージを出しているアスリートにスポンサードすることはプラスになる〟という考え方をしているけど、日本の消費者は〝大坂なおみ的なメッセージを出す人の物は買わないだろう〟と思っているわけですよね。この消費側のマインドが実はすごくネックになっていると思います」

宮台「それこそが、いつも僕が言う、〝価値観がなく、周りばかり気にするヒラ目とキョロ目しかいない〟という日本人の劣等性です。昔からの劣等性なので、簡単には変えられません。だから、さっきSUGIZOさんが菅の発言を評して〝世界に忖度して言ってしまった〟とおっしゃったけど、逆から見れば、日本にはやっぱり〝黒船〟級の強力な外圧が重要だということなんです。
もうひとつは評判ですね。ルース・ベネディクト※3 が言った〝(西欧は)罪の文化、(日本は)恥の文化〟ですね。日本人はもともと価値観をもつことが難しい代わりに、周りの空気を気にしてポジション取りをするという性質があります。それこそ三島由紀夫が言うように〝一夜にして天皇主義者が民主主義者になる〟国なんですね。ならば、その劣等性を逆手にとって、空気を一変させて、ポジション取りのゲームを変えられる可能性があります。だから環境対策のような政治マターのことを考える時には、日本人の劣等性をいかにうまく有効利用するかを考えることが重要なんです」

SUGIZO「僕は、今お二人がおっしゃったような〝良き方向〟に既にシフトし始めていると認識しています。例えば、Appleが昨年〝カーボンニュートラルを実現するために、取引するサプライヤーにも協力を求める〟と表明しましたよね。それによって日本の企業はひっくり返るわけじゃないですか。意識の上では遅れていても〝Appleにそう言われたら、やらなきゃいけないよな〟と、間違いなく日本の企業はCO2削減を始めます。そう考えると、動機はどうあれ日本の企業の多くがこれからガラッと変わるのは間違いないですよね。同時に、新しい世代がその価値観を良しと思って、そういう価値観を表明する会社やスポーツ選手、アーティストを応援してくれるような時代にならなければいけないと思う。そういう意味ではとてもいいシフトのタイミングだと僕は感じていますね」

※3ルース・ベネディクト(1887年6月5日−1948年9月17日)……アメリカ合衆国の文化人類学者。ニューヨーク生まれ。「レイシズム」の語を世に広めたことや、日本文化を記述した『菊と刀』を著したことによって知られる。この発言も『菊と刀』による。

 

SUGIZO photo by 関根渉

「500年後、1000年後の子孫たちがどういう地球環境で生きてほしいか」SUGIZO

IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の報告書によると、対策を講じなければこの後さらに温暖化が進み、最悪の場合2100年にまでに気温が4.4度上昇するとされています。そうなれば北極圏の氷も解け、海面も上がり海に沈んでしまう土地も増え、多くの人が難民になってしまう。また、近年は世界各地で起こる多くの異常気象や自然災害も報道されています。もう待ったなしの状況ですが、実際に日本が「2050年までに国内の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」ことは、福田さんから見て実現可能なのでしょうか?

福田「実現可能なことの積み上げでは達成できないです。〝政治目標〟と言われていますが、無理やりに高い目標を掲げてそこに近づこうというやり方しかできないんですよ。科学的に不可能と言う方がいらっしゃるのも事実です。だけど、結果的に〝ここまでしかできなかった〟では済まされないので、厳しい現実を踏まえた上で、〝近づけるための努力をみんなでやりましょう〟ということです。精神論と言われたらおしまいですけど、残念ながら今のところはそう理解してもらうしかないですね」

ダース「今の話にも関連しますが、いろんな図表などを見ると2030年までにCO2を減らすというカーブが、原発を再稼働させるカーブとほぼ一緒なんですよ。要は、官僚たちが脱炭素を、原発を再稼働させるためのロジックに利用しようとしていると僕は勘ぐってしまうんです。そうすると、地球のためではなくて、結局は小さな既得権益を守るためのお題目に使われかねない。今、福田さんが言ったように、無理やりにでも目標を掲げて実現しなければいけないというマインドセットすら利用されてしまうジレンマがすごくありますね」

経産省が2021年7月21日に発表した「エネルギー基本計画(素案)の概要」の2030年度の電源構成の中の原発の割合を見ると「20%~22%」、2019年度の「6%」から増やそうとしていることがわかります。長年、脱原発を訴えてきたSUGIZOさんはこの数字をどうご覧になりましたか?

SUGIZO「あり得ない数字ですね。ただ、先ほどの話のとおり、日本は海外の動きを忖度して動くと考えると、海外の多くの国は間違いなく原発から撤退する方向へ向かっていっていますから、理想論かもしれないけれど、日本が既得権益のために原発を推進していく時代ではなくなっていくと信じたい。この数値は2030年の目標ですが、もっと先の100年、500年後のことを考えたら、原発はありえないですよ。〝利他的〟という感覚を軸に話すと、僕らの500年後、1000年後の子孫たちがどういう地球環境で生きてほしいと思うか、そのための基礎作りを僕らの世代でどうするのかというところから発想するべきだと思います」

宮台「おっしゃるとおりですね。今の日本人は恐ろしく劣化していて、損得しか計算できません。だから、損得をつきつけて、結果的に倫理的な方向に向かわせるしかない。そこで重要になるのが発電コストです。各国の統計によれば、再生可能エネルギーの発電コストは、現時点で化石燃料や原子力の発電コストの半分です。再生可能エネルギーのほとんどは太陽光と風力ですが、過去10年間で太陽光発電のコストは10分の1に、風力の発電コストは4分の1になっていて、技術的学習効果で今後も発電コストが下がっていきます。
他方、化石燃料は、油田におけるハードオイル化が典型ですが、埋蔵量が減るほど採掘コストがかさんで、発電コストが上がります。原子力も、近隣住民の安全要求が事故による学習でどんどん大きくなってきたのと、廃炉コストを考えなければならない時期になったことで、発電コストがどんどん上がります。だから、地域独占電力企業や原発企業が目先の利益に浅ましく固執するほど、僕ら日本の企業や家計は、電力を使うたびにバカ高い年貢を納める状態になり、ただでさえ先進国最低の経済指標がどんどん悪化します」

なるほど。

宮台「その上で、もちろん、倫理観や価値観が薄い劣等な日本人に対して、倫理や価値を持つことも訴えたいと思います。倫理や価値のベースになる〝正しさ〟の感覚は、進化生物学的には、個人の損得ではなく、仲間集団の損得を考えることです。ただし先史時代じゃないんだから、日本人みたいな〝自分が所属する集団(内集団)のための滅私奉公〟では足りない。内集団と外集団を含めた全集団を、想像的な仲間だと感じられることを前提とした、今日的な〝正しさ〟の感覚──公共性──が必要です。
これが空間的な公共性だとすると、子々孫々まで含めた未来の人たちをも仲間だと感じることを前提とした、時間的な〝正しさ〟の感覚も必要です。原発で出す放射性廃棄物は子々孫々に大きな負担になってしまうことはわかりきっています。しかし、子々孫々は、我々に対してリアクションをすることができない。文字通り〝大人=強者〟と〝子ども=弱者〟の関係と同じです。だから、我々が一方的に放射性廃棄物を子々孫々に押し付けるのは、完全にエゴセントリックです。それは倫理的に許せないことでしょう。我々の世代だけを見て、海外の目を気にして、CO2を出す出さないなんていうのは、あまりに浅ましく恥ずかしいことです。日本人の劣等性を恥だと感じることが大切です」

SUGIZO「問題を未来に押し付けることは究極的に無責任な行動だと思います。人類として恥ずかしいと思わなくちゃいけないと僕は強く思いますね」

宮台「政治学に〝共同体主義〟という思想があります。その発想からすると、自分たちの仲間に子孫を入れること、つまり子々孫々を仲間だと思うことが、非常に重要なんです。気候変動は時間的なラグがあるので、今の僕らが過剰なほど抑制的に振る舞うことで、ゆくゆく子どもや孫たちに環境を残せるということになります。そう意味では、この共同体主義的な発想、とりわけ時間的な共同体感覚が必要なんです。今いる現役世代を仲間だとする考え方では、実は地球環境に対処しきれないんです」

福田「原発再稼働って、要するに〝CO2はダメだけど、放射性廃棄物はいい〟という話ですよね。でも、両方ともダメなんですよ。結局、原発が必要だという論理は、再生可能エネルギーが安定しないからベースロード電源がなくてはいけない、だから原発なんだという話が、僕が議員をしていた頃にも必ず出てきました。だからこそ、今回の『エネルギー基本計画』の2030年度の電源構成に、〝水素・アンモニア〟が1%入ったことが重要だと僕は思うんです。水素を燃やしても、CO2も放射性廃棄物も出ないですから。この1%というのは、数字としては少ないですが、ようやくその入り口に入れたという意味では大きいんです」

 

ダースレイダー photo by 関根渉

「水素エネルギーの現状最大のデメリットはコストですが、これから下がっていく」福田

ここで改めて、そもそも水素エネルギーとはどういうものなのか、ご説明いただけますか?

福田「まずお伝えしたいのが、水素は〝二次エネルギー〟と言われていて、自然界に〝水素だけ〟としては存在していないので、何かから水素を作り出さなければならないということです。その原料を簡単にまとめると、①化石燃料、②製油所/化学工場など工業プロセスの副産物、③バイオマス、④自然エネルギーの4つを使う方法があります。また、それによってできた水素は、CO2を排出してしまう〝グレー水素〟と排出しない〝グリーン水素〟とそれぞれ呼ばれるのですが、先ほど挙げた4つで言うと、①から④へいくほどグリーンに近づいていくとイメージしてください」

現在の段階で言うと、どれが実用的に使われているんですか?

福田「①ですね」

では、現状では水素を作るためにCO2を出してしまっているということですね。

福田「そうですね。ただ、化石燃料をそのまま燃焼してエネルギーとして使うより、いったん水素にして使うほうがCO2の発生量は大分少ないんです」

ということは、現状の火力発電が水素に入れ替わるだけでもCO2を減らすことができる?

SUGIZO「そうです。実際に排出量がほとんどないグリーン水素の実用化も、もう目と鼻の先だと思っていいですよね?」

福田「できていますが、現状ではコスト面の問題が大きいんですね」

ちなみに、「水素は危険なんじゃないの?」という質問が視聴者からきています。

福田「よく言われますが、そのきっかけは2つあるんですよ。まずはヒンデンブルク号爆発事故。1937年にアメリカで飛行船が爆発する事故がありました。その原因が水素ガスだというイメージを持つ人が多いのですが、その後の研究で水素が原因ではないとされています。水素は燃えても一瞬で爆発して空気中に分散するのですぐに無くなるのですが、あの事故はずっと燃え続けていたので塗料が燃えていたと結論づけられています。もう一つ、福島第一原発の爆発は水素爆発と言われていますよね。実際に水素が充満して爆発しましたが、風船を思い浮かべていただければわかるように、密閉した空間で気体が一定の量を超えたら破裂するじゃないですか。それと同じで、たまたま水素が漏れていただけなので、仮にCO2だったとしても、同じように爆発していたんです」

水素だから爆発したわけではない、ということですね。では、改めて水素エネルギーの長所と短所を伺いたいのですが、あらかじめいくつか挙げていただきました。まず、長所は「①環境負荷の低減、②エネルギー・セキュリティの向上、③産業強化への貢献、④さまざまな形での利用が可能 ⑤非常時におけるエネルギーとしての活用」。

福田「⑤がいちばん重要だと思うのですが、水素自動車や水素ガスは移動式発電所のようなものなので、災害が起こった時に避難所に持っていけば電気を供給できるんですよ」

地震や台風などの被害も多いこの国では、確かに大きなメリットになりますね。そして、デメリットとしては、「①体積当たりのエネルギー密度が低い、②水素を製造するためのエネルギーが必要、③コストが高い、④新しいインフラ設備が必要、⑤需要が少ない」と。

福田「一番大きい問題は今のところ③のコストが高いというところですね。④、⑤も関連しますが、水素燃料自体も水素自動車もまだ価格が高いのは使う量が少ないからです。需要を広げないとコストは下がっていかないので、そこが問題ですが、これから一気に広げようという話になってきているのでだいぶ下がっていくはずです」

水素自動車も徐々には増えていますが、その障壁は何なんでしょう?

福田「ステーションの金額が高いことですね。そもそものインフラが整っていないんです。これは〝卵が先か、鶏が先か〟ですよ。水素自動車は今5200台くらいしか国内にないですが、利用者が増えればインフラも増える、インフラが増えれば利用者が増える、ということですよね」

先日ある専門家と話をしていたら、エネルギーというのは、基本的にはエネルギー投資家が10年先の勝ち馬を選んでそこに金を投資するかどうかが非常に大きいということを教えてくれました。それでいうと、まだ世界の投資家は水素エネルギーを完全に評価しきっていないように思えます。

宮台「それに関して言うと、僕は10年ほど前に、BMWの環境対応の取締役ウルリッヒ・クランツ氏にインタビューしたことがあります。当時ドイツの会社ではディーゼル、ハイブリッド、EV、ガソリン自動車、水素、5つのトラック(方針)を走らせていたので、〝なぜ一本化しないんですか〟と聞いたら、答えは単純で〝政治マターだから〟ということでした。いろんなデメリットがあるとはいえ、科学的に言えば最も合理的なのは水素なのだが、どんな環境対応が企業を生き延びさせるのかというのは、結局政治マターだから、BMWは1つのエネルギー源には絞れないということでした」

危険でできないということですか?

宮台「経営上の危険です。たとえば、オール電気自動車化の流れの背景には、化石燃料時代のビッグ・ウィナーである日独の自動車メーカーに不利になるように、政治的に経済構造を変えてしまおうという意図もあります。その一事を見ても、自動車産業が水素化していく後押ししてくれるのも、やはり政治なんですよ。その意味で、環境対策なるものは、科学的な合理性と、政治的な合理性との、あいまいな重なりの中にあるしかないものです。科学的には水素が合理的だからという理由だけで、突き進むことができないというのは、BMWのクランツ執行役員が言ったとおりです」

福田「実は、世界で最初に水素エネルギーのロードマップを作ったのは日本なんですよ。ドイツなど、他の国はようやく作った段階です。燃料電池車のロードマップを作った国は多かったのですが、発電から燃料電池などを含めたトータルな水素エネルギー社会のロードマップは、実は僕たちが最初に作ったんです。世界的には、水素社会全体の絵がないところが多いですが、それができてくると投資というフェーズに入るというのは一つありますね。僕が実現したいのは、水素発電や燃料電池を含めた水素エネルギー社会を作っていくことですが、そこはまだ世界的にコンセンサスがないんです」

宮台「実は僕も水素社会というと車ベースでしか考えていなかったんだけれど、水素がインフラになる社会というのはどんなイメージなのでしょうか?」

福田「まず〝燃料電池〟で電気を作るケースがあります。住宅街のあるエリアだけとか、工場や病院で、水素から電気を起こして使うには燃料電池がいいんですね。もう一つは〝水素発電〟。街全体で使うような、今の火力発電所の役割をさせる規模の話になると水素発電所が必要です。先ほどの2030年の電源構成の1%というのは、この水素発電の意味なんですね。そういう意味でも大きな意味があるので、本当にここからだと思っています」

宮台真司 photo by 関根渉

「全てのコンサートホールが燃料電池を使う時代がくれば、環境にもクオリティにもプラスになる」SUGIZO

SUGIZOさんは、水素エネルギーでライブをやられていますが、そもそものきっかけは何だったんですか?

SUGIZO「5年ほど前、クールジャパンをテーマにしたシンポジウムで福田さんと知り合ったんですが、僕はもともと福田さんが水素社会の実現を目指して活動をしていることを存じ上げていたんです。それで、水素の話をしたらすごく盛り上がって、次にお会いした時に〝水素でコンサートはできないですか?〟と話したところから始まりました。まずはLUNA SEAの武道館公演で実験的に僕のギターだけを試して、次にメンバー全員の楽器の音を水素で鳴らしました。実際にやったら、音がめちゃくちゃ良いという副産物があったんです。それは僕や仲間たちが既にやっていた太陽光発電で音を鳴らした時と同様の感触だったんですけど、その場で発電する電気で音を出すと、電気が劣化しないのでめちゃクオリティが高いんですよ」

送電線を通ってない分、ってことですよね。

SUGIZO「そう。それはオーディオマニア的な考え方をすると、とても腑に落ちることなんですね。これはとても大きな副産物で、カーボンニュートラルに対して動きながら、表現のクオリティを良くすることができる。それで、これはちゃんと進めていきたいなということで、もう4年半くらいやっていますね」

ライブでどうやって水素エネルギーを使っているんですか?

SUGIZO「水素燃料電池車を持ち込み、コンバーターで繋いで電力を楽器に送るんですが、素晴らしいのが水素燃料電池車で発電すると廃棄物は水だけなんです。今年5月に有明(東京ガーデンシアター)で行ったLUNA SEAのライブ3日間、4台のMIRAI(水素自動車)で楽器の電力を賄いました。それと、まだ一般的な水素燃料電池車は残念ながらCO2を排出してしまうグレー水素ですが、僕はグリーン水素でやることがとても重要な意味があると思っているので、福島県浪江町にある水素エネルギー研究フィールドからグリーン水素を積載車で運んで発電に使っています。だから、積載車分のCO2はまだ出てしまっている状況ですが、音に関する水素はグリーンでやっているということが、意識的な意味で重要です。そして、浪江町の水素フィールドということも、非常に重要な意味があります。ご承知のように、福島の原発事故があったあの土地からクリーンな水素の社会をリードしていくというコンセプトがとても素晴らしいと思い、ここ数年のライブでは浪江町から水素を充填させていただいています」

福田「先ほど〝U2が既にやってるよ〟という視聴者からコメントがありましたけど、〝U2も水素でやりませんか?〟ってSUGIZOさんから聞いてもらったんですよ」

SUGIZO「数年前にある打ち合わせしていた時に、突然、福田さんから〝U2が来日するから水素でコンサートやってほしいんだけど、聞いてくれる?〟って言われたんですよ(笑)」

そんな簡単に言われても、って感じですよね(笑)。

SUGIZO「(笑)。ただ、ラッキーなことに僕らがLUNA SEAのアルバムのプロデューサーがU2を手掛けてきたスティーヴ・リリーホワイト氏だったので、彼に相談したら、すぐにU2メンバー直に伝えてくれて〝やってみよう〟と応えてくれた。それで実現したのが2019年のU2の埼玉スーパーアリーナのコンサートです。それこそ福田さんと僕の車で電気を供給しました」

福田「LUNA SEAで味をしめちゃって(笑)。でも、日本のトップバンドとヨーロッパのトップバンドがやってくれたから、〝次はアメリカのトップバンドだろ?〟って思っています」

SUGIZO「水素燃料電池でコンサートすることはまだ特別な行為に見られていますが、理想としてはこれを当たり前にしたいです。それは音楽だけじゃなく、例えばミュージカルも映画もいいですよね。僕の夢としては全ての映画館、全てのコンサートホールが燃料電池を使う時代がくれば、環境にもクオリティにもプラスになる。今はまだコストがかかるから、どこかのタイミングで少しずつシフトしていくであろうという理想の下に、そういう気持ちでいます」

ダース「今、コロナによるライブハウスへのダメージが非常に大きいじゃないですか。これから一定程度パンデミックが落ち着いて、そのダメージから復活させようという時に、ただ前に戻すんじゃなくて水素電気で楽器を演奏する仕組みにライブハウスを作り直しましょうってなったらいいですよね。何かしら手は打たないといけないんだから。そこに助成金を出すとかね。それを提案していくことで、小さいライブハウスや劇場が〝うちは水素電力でやってますよ〟というふうに立ち上がってくると、新しいエネルギーが日常の風景になっていきますよね」

それが実現したら素晴らしいですね。

SUGIZO「僕らが動いて、そういうかたちで国が協力してくれるような状況にもっていかないといけないと思いますよね」

水素燃料電池車MIRAIによる実際の発電の様子
(2021年5月28日LUNA SEA 30th Anniversary CROSS THE UNIVERSE -THE DAWN- <有明3days振替公演>にて撮影)

「〝なぜゴミを分別しているのか〟その目的をちゃんと伝えないといけない」ダースレイダー

最後に、脱炭素社会を目指して個人ができることもあると思います。2018年の日本におけるCO2排出量を見ると総排出量11.4億トンのうち家庭部門は0.5億トン※4。そこを減らす努力として、プラスチックを使ったペットボトルや包装ゴミを減らすことが挙げられます。一方、世界のプラスチック容器や包装ゴミの行方は「リサイクル 14%」「焼却 14%」「流出 32%」です※5

SUGIZO「〝流出〟っていうのは信じられない」

それが海洋汚染の要因にもなっています。また、日本はペットボトルのリサイクル率は85%ほどですが、実はそのなかの35%くらいを輸出している。しかも、全体の半分以上がサーマルリサイクル※6で、そこでもCO2を排出しているため、日本のリサイクルは「インチキだ」と言われることもありますよね。

福田「インチキと言われちゃうと元も子もないんですが、わかりやすい言い方ではありますね。その話で言うなら、CO2削減という意味において、プラスチックゴミの問題は割合としてそこまで大きくはないんです。ただ、僕が重要だと思うのはここが〝自分が参加している〟という意識が一番もてる部分なんですよ。最近コンビニで〝袋はいりますか?〟って聞かれるけど、それが実際にどのくらいCO2削減できているのか考えると、その効果に疑問を感じる方はいらっしゃると思います。ですが、そうした意識を常に持ち続けたり、気づきを与えたりするという意味では大きいと思うんです。また、リサイクルについては業者の方もとても困っていて、缶や瓶などのゴミ箱の中に飲み残しがあったり、生ゴミが入っていたりするとリサイクルに回せないという問題もあるんです」

ダース「今おっしゃった〝気づきを与える〟というのは大事ですよね。こうした議論を特に初等教育でどれだけやるかっていうこともポイントだと思います。〝なぜゴミを分別しているのか〟とか〝なぜ飲み残しを入れちゃいけないのか〟、その目的をちゃんと伝えないといけない。レジ袋にしても、〝マイバッグに変えましょう〟という話が出た時に、それがなぜなのかをちゃんと話さないと〝マイバッグを50個持っています〟っていうようなことになりかねない。マイバッグは50回以上使用して初めてレジ袋のCO2排出量を下回ると言われているので、それじゃ意味がないんですよね。だから、若いうちから〝なぜこれをやるのか〟っていうところまで話し合うことが必要ですよね。それは子供でもわかる話ですから」

SUGIZO「確かに、子供に教えることですよね。きちんと説明すれば行動は変わると思います。理由を知らせず、ただ〝ダメだよ〟〝やっちゃいけませんよ〟と言われたら、むしろ僕の子供時代だったら反抗したくなりますよ」

視聴者から、リサイクルについて「やってる感だけ」というコメントがきていましたね。

宮台「〝やってる感〟の話に関連する根本的な問題として、価値観にどれだけコミットできるかは、実は社会のあり方によって決まるプライオリティー(優先順位)の問題なんです。例えば、日本はご存じのように4人に1人が孤独死で、そのうち8割以上は男です。そういう孤独な人間が、利他的になるということがどれだけ難しいかを、みなさんに考えてほしい。仲間とともに生きる感受性を小さい時から育てず、孤独死が放置されているような社会では、全てが〝やってる感〟になるしかないということです。つまり、自己満足に慣れてしまうんですよ。誰かのために役立っていると思えるには、誰かをリアルに想像できるようになるために〝仲間〟という基盤がないとダメなんです」

ダースさんが言ってくれた〝目的が共有されていない根本的な問題〟と宮台さんが言った〝仲間とともに生きるという価値観の問題〟。その両方のせいで〝やってる感〟だけがずっと続いてしまっているというのはなかなか解決するのが難しそうですが……、できることをやるしかない、ということですよね。

SUGIZO「あともう一つ、僕たちにすぐにでもできることはありますよ。僕ももちろんやっていますが、今はもう再生可能エネルギー由来の電力会社やさまざまなチョイスができるので、切り替えることは皆さんがやるべきことだと思います」

福田「〝再生可能エネルギーは高い〟とよく言われますよね。確かに使用量や電力会社にもよりますけど、確かに多少は高いんです。だけど、みなさん冷静に考えてみてください。日本人の多くが、水道水を飲めるのにペットボトルの水を買っていますよね。そう考えると、電気だって多少高くても買えるじゃないかと僕は思うんです」

SUGIZO「多少高くても、やっぱり世の中のため、未来のためには、支払う価値が僕はあると思います。100円が1万円になるなら無理かもしれないけど。100円が110円、120円になるという程度のものであれば、それは意識としてみなさんに共有できると思うんです。あと、僕が大事だと思うのは水素にしても再生可能エネルギーにしても、まだ100%理想の状態には到達していない。でもそれが50%になり、70%になり、90%になり、少しずつリスクを削っていく行動が必要だと思います。だから100%じゃないと意味がないという考え方はすごく非生産的だと思う。どちらかと言うと、今は変化するためのステップです。なので、一つずつ行動してそれを常識として、ニューノーマルとして、新しい社会を構築していった先に、100%の未来、100%の理想があるはずです。だから〝みんな行動しましょうよ〟ってことを言いたいですね」

※4出典……2020年11月17日資源エネルギー庁『2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討』より

※5出典……『図解でわかる14歳からの脱炭素社会』(太田出版)より

※6サーマルリサイクル……廃棄物を単に焼却処理せず、焼却の際に発生する熱エネルギーを回収・利用すること。

 


SUGIZO

作曲家、ギタリスト、ヴァイオリニスト、音楽プロデューサー。 日本を代表するロックバンドLUNA SEA、X JAPANのメンバーとして世界規模で活動。同時にソロアーティストとして独自のエレクトロニックミュージックを追求、更に映画・舞台のサウンドトラックを数多く手がける。昨年、サイケデリック・ジャムバンド SHAGを12年ぶりに再始動。音楽と並行しながら平和活動、人権・難民支援活動、再生可能エネルギー・環境活動、被災地ボランティア活動を積極的に展開。アクティヴィストとして知られる。
http://sugizo.com

福田峰之

1964年生まれ。多摩大学大学院客員教授。1999年横浜市会議員(2期)、2005年衆議院議員(3期)。2015年内閣府大臣補佐官、2017年内閣府副大臣を歴任。
衆議院議員時代は、IT&デジタル、水素エネルギー、再生可能エネルギー、ルール形成戦略、知的財産、選挙制度等の実務責任者を務めた。また、インターネット選挙運動解禁の改正公職選挙法、サイバーセキュリティ基本法、官民データ活用推進基本法等の議員立法の策定に尽力する。現在では数多くのベンチャー企業のアドバイザーも務める。著書に『水素たちよ、電気になーぁれ!』(アートデイズ社)、『俺たち「デジタル族」議員』(kindle)、『世界市場で勝つルールメイキング戦略』(朝日新聞出版)。

*プレイリスト
『宇宙の詩~Higher and Higher~』LUNA SEA
世界で初めて水素燃料電池コンサートを行ったバンドの曲であり、ギターソロが水素が生み出す電気の音質を体現している。

『Beautiful Day』U2
13年ぶりの日本でのコンサートに水素エネルギーを使用した世界No1バンド代表曲。欧州でのコンサートに水素を使ってもらえることを期待している。

『Clocks』Coldplay
環境に負荷をかけるという理由でワールドツアーを中止し、今後のあるべきコンサートの形を模索しているバンドの代表曲。

宮台真司

1959年、仙台市生まれ。東京都立大学教授。専門は社会学。映画批評家の顔も持つ。90年代、援助交際やオウム真理教事件に関する論考で注目を集め、以降さまざまなメディアを通じて、政治や社会に対する批評を続ける。『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『日本の難点』(幻冬舎新書)など著書多数。近著に『崩壊を加速させよ 「社会」が沈んで「世界」が浮上する』(blueprint)。

*プレイリスト
『I Talk To The Wind』Giles, Giles and Frip(1968)
『Grantchester Meadows』Pink Floyd(1969)
『Meadow Meal』Faust(1971)
『Willow’s Song』The Go! Team(2007)

1960年代末のファースト・サマー・オブ・ラブのテーマは「国家からの自由」で、反戦に象徴される。1980年代のセカンド・サマー・オブ・ラブのテーマは「管理行政からの自由」で、レイヴやスクウォッティングに象徴される。2020年代に到来するだろうサード・サマー・オブ・ラブのテーマは「生きづらさからの自由」で、メタヴァースに象徴される。さて、プログレはむろんファースト・サマー・オブ・ラブの申し子だが、プログレは白人中産階級の文化だから、国家からの自由が「自然」や「宇宙」に向かう。そこには僕からみると「エネルギーや食の共同体自治」に向かう感受性の出発点(のひとつ)を見いだせる。つまり、個人化された「ライフスタイル」ではなく、共同性を備えた「ソーシャルスタイル」への希求が見いだされるのである。

ダースレイダー

1977年、フランス・パリ生まれ。ロンドン育ち。東京大学中退。 ミュージシャン、ラッパー、MC。3ピースバンドベーソンズのボーカル。2010年に脳梗塞で倒れ、合併症で左目を失明する。著書に『ダースレイダー自伝 NO拘束』(ライスプレス)などがある。近著に『武器としてのヒップホップ』(幻冬舎)。

*プレイリスト
『All things must past』 George Harrison
『Changes』 David Bowie
『Energy flow』 坂本龍一


テキスト『君ニ問フ』編集部

※本記事は『深掘TV ver.2』「脱炭素社会について徹底深掘り!!」の書き起こしの一部に加筆/修正を加えて掲載しています。
前半 (https://www.nicovideo.jp/watch/so39071310)
後半 (https://www.nicovideo.jp/watch/so39071331)  *後半はチャンネル登録or購入で全編視聴可能