ポストコロナの新しい共同体の作り方とは
対談:宮台真司(社会学者)× 三船雅也(ミュージシャン/ROTH BART BARON)
〝資本主義化〟と〝テクノロジー化〟が進み、古くからの共同体の破壊が進んできた。
だが、今度は、それらが生み出した巨大な共同体が、コロナ禍で右往左往しているのを目撃してしまった。
〝ポストコロナ〟を考えるとき、新しい共同体の創出が急務に思われる。
そのヒントを探すべく、ミュージシャン・三船雅也と社会学者・宮台真司に対談をしてもらった。
PALACEという共同体でファンとのユニークな繋がりを模索し続けているROTH BART BARON 三船雅也。社会学者として歴史的な視座と膨大なるフィールドワークで現代社会を鋭く切り取ってきた宮台真司。
若きトップクリエーターと進化を続ける知の巨人の対話には新しい共同体を創るためのヒントが溢れている。
- Posted on
- 05 Apr 2021
「〝良い共同体〟と〝悪い共同体〟がある」(宮台)
コロナ禍を通して、様々な共同体に綻びが生じている気がします。そこで、ポストコロナで私たちは新しくどんな共同体、社会を目指せばいいか?という「問い」に対する解への道標をお二人に頂ければと思い、この対談を企画しました。
宮台「最初にキーワードを出すと、共同体には〝良い共同体〟と〝悪い共同体〟があります。一つは共同体と人との関わり、もう一つは共同体と国家との関わりがどうであるかによって区別できます。もちろん新しい共同体というからには、〝良い共同体〟をイメージすることになります」
今の文脈でいうと、ROTH BART BARON(以下、RBB)がやっているPALACEが新しい=良い共同体のヒントになると思い三船さんをお呼びしました。三船さんからPALACEの説明をお願いします。
三船「PALACEはオンラインを中心としたバンドのコミュニティで、今年で4年目になります。年会費を取って会報を送ってチケットを先に買えるだけの従来のファンクラブのやり方ではちょっと味気ないし、どうしたら新しい繋がりを作れるかと考えた時に、デジタルツールを使った緩やかなプラットフォームの構築を思いついて、Facebookで無料のクローズドコミュニティを作ったのが始まりです。
挨拶から徐々にコミュニケーションを重ねて、そのうち俺らから〝どんなグッズ作ったらいいと思う?こういうアイデアがあるんだけど……〟と投げたらPALACEの中から〝私、デザインの仕事やってて〟とか〝僕、Tシャツの印刷会社で働いてて〟とか名乗りが上がるようになったんです。
そうしているうちに、彼らの目の輝きが変わって、ただ音楽を享受するだけじゃない関係性が生まれていきました。今ではライブ前後の導線誘導とかも自発的に手伝ってくれて、ツアーで各地にいるPALACEの人たちと会うと、ファンとも仲間とも言えない妙な連帯感や安心感があります。今300人ちょっといるんですけど、計画的じゃないし、当初思っていたのとは全然違う方向に進んだけど、深い絆が生まれています」
宮台「PALACEのキーワードは〝自由〟だと思うんです。僕たちはシステムの中に囲い込まれているので、主体だとはいえ、たいていは労働者か消費者であるしかなく、他の存在になる自由がありません。本当に〝自由〟であるということは、〝3択問題のどれを答えるかという自由〟ではなく、〝3択問題自体を作る自由〟です。その点で、予想がつくというのは選択肢として想定済みということだから不自由ですが、PALACEが予想のつかない展開になったということは良い滑り出しだったということです」
PALACEのメンバーがクラウドファンディングに参加し、20万円のRBBのライブプロデュース権でライブを作る、という試みもしていましたね。
三船「はい。3年前かな。もし僕が好きなバンドのセットリストを自分で組めてライブを自分色に染められるなら、いくら払えるかって考えて、おこがましいけど自分のバンドでトライしようと思ったんです。最新アルバム『極彩色の祝祭』のテーマの〝祝祭〟にも通じるのですが、祝祭を一緒に作ることで創造する喜びを互いに共有できたら一生忘れられない体験になるだろうと考えて。実際にやってみたら、PALACEの子たちから〝この20万、20人で1万円ずつで割っていいですか?〟って提案が来たので、〝いいね!それめっちゃ面白い!〟って答えたんです。そうしたら20人を集めて落札してくれました(笑)」
なるほど。
三船「彼らがプラネタリウムで俺らのライブを見たいということで、その20人で侃々諤々(かんかんがくがく)と企画してくれて。結果、チケットも即完売しましたね」
宮台「祝祭という概念自体がとても面白いです。伝統的な祝祭は無礼講です。普段やっちゃいけないことができる時空。日常とは別の時空を作るところにポイントがあります。ただ、ここ20年の音楽フェスは、音源が売れなくなったかわりにノベルティグッズを売る場所に様変わりしました。観客はただの消費者として参加するだけなので、祝祭の本義に反しています。本当の祝祭はまったく異なるものです」
三船「たしかに、音楽フェスってチケットやグッズを買って、何かを消費することで観客は参加権を得ますよね。だけど演者である僕たちは、作り出すことで〝お祭り〟に参加しているから、何か買おうって思わないんですよ。そこ自体に楽しみがあるから」
宮台「昔っぽくて良いです。祝祭という点で振り返ると、30年前はストリートミュージシャンが違法だったし、ライブの仕切りも洗練されていなくて、2時間の予定が4時間になることも普通にありました。それを承知で演者はプレイしたし、客も参加しました。その予想外ぶりにこそ本当の祝祭がありました」
三船「ええ」
宮台「でも時代が進むと、違法だったストリートミュージシャンが、資本主義のシステムに合法なものとして登録されます。キーワードは資本主義です。資本主義に代表されるシステムは、貪欲に外を取り込む性格があります。なので、同じところに留まっていると、10年前はシステムの外だったはずが、いつの間にかシステムに登録されていることになります。だから絶えずダイナミズムが必要なんです」
「お金が中心ではなく、その先にある体験、価値を共有する」(三船)
今の資本主義の取り込みの話を聞いていて、PALACEのクラウドファンディングは資本主義的な取り込みとは違うように思いました。
宮台「そこは古典的な逆説で説明できます。無政府主義者も、マルクス主義者も、表現を通じた都市革命を主張する者も、本が売れて初めて革命勢力を作れます。市場で売れて初めて意味が実証されるんです。システムを否定する論説も、システムに取り込まれない限りは認知もされないし、支持されていることを確証もできません。そこには、市場で買うという行動が投票の機能を持つという本質があります。結局、市場が悪いのではなく、何もかも市場化する資本主義が悪いんです。資本主義とは、土地と労働力をも市場化する体制を指していて、暗に市場化してはいけないものがあるという批判を含みます」
つまり、PALACEのクラウドファンディングは良き共同体と矛盾しているわけではないと?
宮台「まったく矛盾しないどころか、むしろ整合します。市場の力を借りながら、従来のシステムの動き方や資本主義の動き方とは違うものを、どれだけ作り出していけるのかがポイントになるからです。つまり〝結果勝負〟なんですよ。PALACEはそういう結果を出しているということです」
三船「なるほど、結果勝負かぁ……」
PALACEの人たちとの繋がりにおいて、三船さんが意識していることはありますか?
三船「参加は無料で、出入り自由です。クラウドファンディングの企画もやりますが、お金が中心にはならないように、その先にある体験や価値を共有する場所、ともに何かを創る場所を志向しています。それを積み重ねていく中で、実際会えた時に文通だけしていた人とやっと会えたような喜びを体感しました」
宮台「そこでのキーワードは〝Think different〟。これはスティーヴ・ジョブズの言葉です。彼はiPhoneを世に打ち出しましたが、スマホはニーズに応じて出来たものじゃありません。誰も想像しなかったものを示し、これがあなたの生活を変えると訴えた。発想の転換で、従来の市場の外に新しい市場を作り、実際に〝買ってもらう〟という形で人々を参加させた。その結果、ニーズを気にしない新しい提案が、正しかったと証明された。〝Think different〟の意訳は〝あなたの考えは間違っている〟です。そこにあるのは実践のダイナミズムそのものです。
ところで20年前には、iPhoneは当時のガラパゴス携帯に比べて機能が少ないとか使いにくいとか言われましたが、今そんなことを言う人はいない。つまりiPhoneを使うことは今や当たり前で〝Think different〟ではなくなった。三船さんも、数年前にニーズに応じない新しい市場であるPALACEを作られた。でも、そこで留まっていると日常化して、既成のシステムに組み込まれてしまい、停滞します」
三船「転がり続けないといけないですね。僕も、その流れでいうとPALACEの300人だけのために音楽を提供するようになったら終わりだと思ってます。極端な言い方をすると、その人たちが全員どん引くようなものを作らなきゃいけないっていう危機感はありますね」
宮台「難しいのは、市場である程度買ってもらわないと、生活ができず、ミュージシャンをやめなきゃいけなくなることです。だから新しいことをどんとんやりつつ、300人のうち何割かの欲求を満たし続けなきゃいけない。例えば、新しい紙飛行機を見て、あるメッセージを感じる人がいるとしても、それは飛ぶように作ってあるからです。そもそも飛ぶように作られなければ、紙飛行機として人の目に触れることもありません。おしゃれっぽいとかワールドミュージックっぽいみたいに、既製の意匠を枠として利用しつつ、そこにまったく新しい何かを盛り込まければいけないわけですね。そこに三船さんの悩みがあるべきだし、そういう悩む姿が見えると、本質的な意味でコアなファンが増えるだろうと思います」
「共同体の掟とは、掟に従うことが美学」(宮台)
紙飛行機の話で、東京都現代美術館で開催されていたアート展『MOTアニュアル2020透明な力たち』で見た中島佑太※1さんの『あっちがわとこっちがわをつくる』というインスタレーション※2を思い出しました。空間に壁があり、壁の向こう側に自分が決めたルールを紙に書いて紙飛行機にして投げるんです。展示を見ているうちに壁の反対側に行くんですが、ルールが書かれた紙飛行機がたくさん落ちている。その中から気になったものを拾い、書かれたルールに修正を加えて反対側に投げ返す。その往復が成立したものが壁に貼ってあるんですけど、顔の見えない相手に対してルールを投げて、また顔の見えないものに対して投げ返すのがすごく面白くて。
宮台「とても隠喩的ですね。人間は定住ゆえに法を作りました。集団農耕や栽培計画が必要で、収穫物を保全・配分・継承する必要があったからです。今は生まれた時にすでに法があり、それに適応して生きるしかありません。だから、若い世代になるほど法の外を知りません。せいぜい法の内側に〝サブ法〟を作るだけです。つまり、法とはコンセプトが違う決まりを作り出せなくなりました。でも共同体は、法とは違った掟(おきて)を持つからこそ、共同体なんですよ。法は、罰を恐れて従うもの。掟は、服することが美学だから従うもの。掟は、法みたいに与えられるものではなく、作って命がけで守るものです。誰かが提案し、キャッチし、リヴァイズする。だから対立・摩擦の中でしか、掟を作れません。バンドも音楽もそうです。対立・摩擦の中で作ることが大事です。僕が尊敬するバンドはみんなそうでした」
三船「わかります(笑)」
バンドも不思議な共同体ですよね。今日のテーマに引き付けると、そういう摩擦の中でできていく表現やルールみたいなものに、コロナの中で新しいルールや新しい共同体を作る時のヒントがあるように思います。ただ、先程の紙飛行機の投げ合い=コミュニケーションの能力が今の日本はとても下がっていて、行き詰った感じがしています。
宮台「コミュニケーションの能力以前に、感情が圧倒的に劣化しました。言葉と法と損得の枠内に閉ざされているから、コミュニケーションスキルがあっても、内容がみすぼらしく、浅ましいんです。
口火を切って下さったから、そこに付言します。冒頭に話したように、共同体には〝良い共同体〟と〝悪い共同体〟があります。日本以外の国では、共同体をなぎ倒して旧国家ができ、共同体がそれに抵抗して新国家を作ったという歴史ゆえに〝共同体=国家に抵抗する拠点〟です。これが〝良い共同体〟。
日本でも自由民権運動の象徴として秩父事件※3があり、〝共同体は国家に歯向かうものだ〟というイメージもちゃんとありましたが、近代化を急いだ明治政府が、抵抗の拠点としての共同体を無力化し、PTA※4や町内会みたいな権力の手足として、換骨奪胎したんです。その時に使ったのが小学校の学区です。これが〝悪い共同体〟。歴史の中でできたものなので、とっても根深いんですよ」
三船「なるほど」
宮台「今の日本人が知る身近な共同体は全部、権力の手足=行政村です。共同体の中にいるのは、権力を上目遣いでうかがうヒラメと、周囲の様子をうかがうキョロメだけ。本来の共同体=自然村はそんなものじゃない。共同体の掟は、国家の法と衝突して、当たり前。だから、共同体がそもそも抵抗の拠点なんです。でも、日本以外でも、ボンヤリしているとシステムに取り込まれ、自然村が行政村になり下がります。
システムは、市場と行政から成り立ちます。両方とも資源配分の装置です。かつての自然村は、市場と行政に依存せずに資源を調達しました。でも今は、市場と無縁になったら何も手に入らず、行政から見放されたら何も給付してもらえない。だから大事なのは、システムに是々非々で対応しつつ、抵抗の拠点という性格を失わないで、オルタナティブな市場や行政を提案し続けられるか、ということになります」
ええ。
宮台「ヨーロッパには〝補完性の原則〟があって、自分たちの共同体でできることは自分たちでやり、できないことに限って上の行政レイヤーに委ねます。アメリカには〝共和制の原則〟があります。最初の13州はおのおの信仰共同体でした。今は50州ありますが、州で解決できることは州で解決し、できないことに限って連邦政府に委ねるのは、昔と変わりません。日本みたいな〝悪い共同体〟は、まだまれです。
劣化した日本人は、何かにつけ〝国は何をしているんだ〟とホザきます。そもそも国は、掟がカバーする小さな領域の細かいことは分かりません。何かが決定されたとき、仲間の各人がどんな目に遭うか想像できて気に掛かる、という掟的な感情の状態が必要です。つまり〝民主政の民主政以前的な条件〟としての感情の働きが要ります。この感情が働くかどうかが〝良い共同体〟かどうかを決めるんです。アメリカやヨーロッパに比べて、今の日本がいかに劣っているかがわかります」
※1中島佑太……1985年生まれ。2008年東京藝術大学卒業。国内外でワークショップを展開し、 子どもを通して見る社会課題や、アーティストの社会的役割の拡張に関心を持つ。
※2インスタレーション……展示空間を含めて全体を作品とし、見ている観客がその「場」にいて体験できる芸術作品のこと。
※3秩父事件……1884年10月31日から11月9日にかけて、埼玉県秩父郡の農民が政府に対して負債の延納、雑税の減少などを求めて起こした武装蜂起。隣接する群馬県・長野県の町村にも波及し、数千人規模の一大騒動となった。
※4PTA……各学校で組織された、保護者と教職員(児童・生徒を含まない)による社会教育関係団体。
「テックを使って共同体同士がエンパワーメントしあう、そこがポイント」(宮台)
日本で新しい共同体の実験を始めるのって非常に難しいようにも感じますが、宮台さん、日本における新しい共同体の作り方にはどんな方法があると思いますか?
宮台「新しいやり方はなく、すべては既知のやり方です。〝システムをうまく利用しつつ、システムに埋没する生き方をやめる〟ということです。でも難しい。難しい理由は、システムに依存するのが楽ちんなのと、さっき話したようにシステムが絶えず外を取り込むからです。だから、システムを使わざるを得なくても〝これでいいと思っているわけじゃない〟という感覚を発信し続けるしかありません。
最も難しいのは、ここで終わりというゴールがないことです。いつも考えなければならないんですよ。どんな〝良い共同体〟も、多かれ少なかれシステムに取り込まれざるを得ない。だから、むしろ〝良い共同体〟が人の目を閉ざすのです。特にリーダーの目を閉ざします。だから、絶えず鳥瞰で自分の活動を眺めながら、絶えず地べたを這(は)いずる必要があります。これは性愛も家族にも言えることなんです」
良い共同体には掟=美学があるという話でしたが、そういう共同体が日本には少なく、その再生が急務です。宮台さんは加速主義※5を標榜(ひょうぼう)していて、再生の前には焼け野原のように一度全部壊れることが必要だと説いています。まずは今の共同体を壊すべきなのかという話と、次に新しい共同体が作られるとしたら、どんな繋がり方、規模なのでしょう?
宮台「その話に行きたかったです(笑)。まず〝悪い共同体〟を破壊し尽くすべきです。でもシステムが盤石に見える間は壊れません。ところが今はコロナ禍。以前から壊れていた日本のシステムが、劣等ぶりを露(あら)わにしました。例えば、感染死者が少ない東アジアでも、2020年通年で見ると日本の死亡率は台湾の93倍、中国の8倍です※6。日本の負け組ぶりが露わになった今こそがチャンスです。2018年に日本は一人当たりGDPが韓国に抜かれ、2019年に平均賃金がイタリアに抜かれG7で最下位になり、韓国にも抜かれました※7。アメリカやヨーロッパの高いところに比べて平均賃金は半分。経済指標では日本は完全に終わりました。微修正で改善できる余地はゼロ。だからどんどん落ちます。でも、これは良いことです。市場や行政といったシステムにぶら下がるのを当然視する持続不可能な生き方を、変えるチャンスが訪れました。
とはいえ、日本人の多くは脳から体まで劣化したので、マクロに日本全体で変革が起こる可能性はゼロ。でも、だから一部で新しい生き方を始める人たちがポツポツ出てきた。社会という荒野を仲間と生きる人たち。やるべきことは、第1に人が近隣で繋がって〝良い共同体〟を作り、第2に〝良い共同体〟同士が国境を越えて繋がって知恵とリソースを融通し合うこと。ITなどのテックを使い、昔なら繋がれなかった共同体同士が知恵とリソースをシェアし、エンパワーメントし合う。そこがポイントです」
三船「そうですね」
宮台「国境を越えた共同体の繋がりを作る時、2500年の歴史がある人文社会系学問は知恵の宝庫です。その知恵を社会に繋げる必要があります。でも人文社会系の学問と社会とを繋げるインターフェイスとしての力を持つ人が、日本には少ない。だから、せっかくの知恵が回らないんです。そこには僕も責務を感じるので、僕に繋がった人には全てをシェアしてきました」
※5加速主義……政治・社会理論において、根本的な社会的変革を生み出すために現行の資本主義システムの矛盾を拡大すべきであるという考え。
※6出典……参照元:https://hitoritabi-kiroku.com/covid-19-data/より。
※7出典……OECD統計データによる。
「感覚を共有できる場所を作ることをリアルとデジタルの両方で継続していきたい」(三船)
宮台さんは、小さな共同体が国境を越えてテクノロジーを使って繋がってゆくのを新しい共同体とイメージしているようですが、三船さんのイメージする新しい共同体は?
三船「テックと向き合わなきゃいけないというのは間違いないですよね。特にこの先5年かな。AIを使う側になるのか使われる側になるのかっていうのは結構でかいですよね」
宮台「AIは、ビックデータからディープラーニングをする機械です。ただし、どの範囲のデータベースから学習し始めるのかを人間が初期設定します。そこで問題なのが、ディープラーニングが進むと学習経路が分からなくなることです。つまり、ビッグデータを与えたけれど、なぜAIがファシストになったのかは、経緯が分からないんです。人間が初期設定して方向付けしたものの、その先が制御しきれません。だからAIを神のように頼ることはとても危ないんです」
三船「同感ですし、AIは肉体を持ってないから、肉体で感じた感覚とか、デジタルでまだ翻訳できないであろう人間の五感や六感の部分を共有していく作業を少しずつやっていきたいですよね。それが何かヒントになるんじゃないかと感じてて。この10年はそういうある種変わらないものを頼りにしながら、そこから何か増幅できたらなと思ってます。
去年はコロナの中でもできるだけ平常運転でライブやってみようとほぼ毎月配信を伴って単独ライブをやったし、新しいアルバム『極彩色の祝祭』ツアーも全公演配信するためのクラウドファンディングも立ち上げて、今まさにその真っ最中で。実際会場に行くと、お客さんが本当に音楽を渇望してることが伝わってくる。会場で声も出せず拍手だけなんだけど、超前のめりっていうか、あんな目で見られたことないってくらい、気持ちが食い込んでいるくらいなハングリーさで、俺も、これまで感じたことないくらいに肉体の感覚が研ぎ澄まされたんですよ。その研ぎ澄まされた感性や、人が集まってお祭りを作るっていう感覚を共有できる場所をリアルとデジタルの両方で継続していきたいなと強く思ったんです」
宮台「素晴らしい。共同体の基本は共通感覚です。英語で〝コモンセンス〟で〝センス〟は言語外の感覚という意味です。コロナで人が集まれなくなったニューノーマルの社会では、物理的距離がテックで繋ぐことで埋め合わされたかに見えました。でも、テックで補完されると、目標に一直線で繋がるので便利ではあるけど、便利だからこそつまらないんです。
昔Googleマップやカーナビがなかった頃、目印を覚えようとしたから、街が変化するとすぐにわかったよね。〝看板なくなったけどあの店どうなったんだ〟って考えたでしょう。今はそうした周辺環境へのセンシング能力がなくなりました。道順を頭に入れようとしてランドマークを覚えたり、道を尋ねようとして人と繋がったり、といった余剰の効果が昔はあったけど、それが失われたんです。
だから敏感な人たちは、目的に一直線でコストなしで繋がる方向に違和感を感じています。〝Google マップはつまらないな、人間の体験ってもっと豊かなはずだ〟と。だからオルタナティブを考える人が増えてきました。だから、三船さんのようにリアルとデジタルの両方を使い続けるのが良いでしょう」
「日本人は〝日本化は終わりの始まりだ〟と表現できる資格を持っている」(宮台)
宮台さんは共同体の象徴として〝火〟を挙げることがありますが、その意味はその火に一緒にあたる距離感・人数、つまり共同体の規模感だと解釈しています。コロナ禍では台湾など小さい国家の方が対策をしっかりと打ち出せていますが、宮台さんは、ポストコロナの共同体の規模感はどう思いますか?
宮台「土地にゆかりのない新住民がぎゃあぎゃあ言い出す前までは、条例で禁止されていても、日本中で焚(た)き火ができました。焚き火や暖炉を囲むと人々が和んで仲良くなれるのは、200万年の歴史に支えられたゲノム的資質です。こうしたゲノム的資質=自然の摂理を、どう使うのかが、工夫のしどころです。
これまたゲノム的資質に関連する話ですが、ジャン・ジャック・ルソーは2万人を民主主義の限界だと考えました。つまり顔が見える範囲です。この範囲であれば、仲間の顔が見えるので、ある決定でそれぞれの人がどうなるのかが気に掛かるからです。そういう規模感が、ひとつの指針になると思います」
そういう規模の共同体をテックで距離や国境を越えて結びつけると?
宮台「ただ、その際に注意すべきことは、システムが豊かになると、心身の能力がどんどん奪われること。Googleマップの例で話しましたが、テックがいろんな負担を免除してくれるのは良いけど、そこに疑問を持たないのはまずい。例えば、仮想現実や拡張現実のテックを介した豊かな体験があるのは否定しないけど、そのせいで自分たちの身体性や人間同士の絆が奪われるのはまずい。そこで僕は、人間を劣化させる〝悪いテック〟と、人間の心身を豊かにする〝良いテック〟を区別するように提案してきました」
三船「うんうん」
宮台「僕はなぜ加速主義を推奨するのかというと、下降がゆっくりだと適応してしまって気がつかないからです。世界や未来が急速に暗くなってきたからこそ、いろんなことに気づけるようになりました。でもまだ下降の加速が足りません。だから沈みかけた船での座席争いを続けているんです。だったら沈没してしまえばいい。そうすれば座席がなくなるしょう(笑)。
ところが、学生の多くは友達もおらず不安だから、インターネット化を背景に、見たくない情報から目を背けます。でも、僕の授業をとったのが運の尽き(笑)。経済指標の没落ぶりに加え、世界で日本人だけが孤独死し、それも在宅死の4人に1人が孤独死することや、孤独死の過半数が60歳代以下で、大学生でもLINEが途絶えた時に誰も家を訪ねてくれなければ孤独死することを伝えます。すると顔色が変わります。実は、三船さんや僕を含めたいろんな人のメッセージが、すごく伝わりやすくなりました」
三船「沈みゆく船の船長になるのか?って」
宮台「はい。実はもう沈んで潜水艦状態ですが」
三船「酸素ももうなくなっていっちゃいますね」
宮台「だから生き方を変えるチャンスなんです。社会に適応して後ろ指を指されないように座席を得ようとするのをやめて、もう沈むんだからゴムボートで漕ぎ出せよと。良き仲間と漕ぎ出せば、仲間と一緒にどこかに漂着し、何かを作れるはずです。それって楽しいことだよって。20年も同じことを言ってきたけれど、メッセージが学生に急に伝わるようになりました。だから下降の加速は良いことです」
今日のテーマ〝共同体〟で言えば、それが新しい共同体の出発となりうると?
宮台「日本人はしがみつく。だから終わらないと始まらない。コロナ禍の今が終わらせるチャンスです。ちゃんと終わらせて、ヒラメ・キョロメの〝悪い共同体〟ではなく、真実を伝え合う〝良い共同体〟を始めるんです。中国や韓国からいろんな国際的な表現者が出てきているけれど、今の日本はダメです。単なる内輪の盛り上がりだから。日本が1回沈めば、日本の表現者が世界にとって意味のある表現を発信できるようになります。もはや日本はどうにもならなくても、世界には貢献できます。それでいい」
三船「ただ、その世界も日本化が進んできてますよね。ヨーロッパは、以前はもっと趣味も思想もファッションも個々人でバラバラだった。でも3、4年前、ロンドンに行ったら〝東京とあまり変わらねぇじゃん〟みたいな失望があったんですよ。ルールの外に飛び越えようという気概のある奴が音楽家ですらいなくて、〝これ日本ぽくねぇ?〟って思った時に、〝日本も沈んでってるけど、こっちもか!これやばいだろ!?〟って思ったんです」
宮台「それは正しい感覚です。世界が日本化しつつありますが、それを〝日本は課題先進国だ〟と言ってきました。自分たちで考えて助け合わなくてもシステムを頼れば生きていけるので、国を問わず劣化しつつあります。
ところで、多くの人たちは、格差や差別の解消を目的に、システムへの登録を求めます。そこに逆説があります。システムに登録されず、助け合うしか術がなかったからこそ、仲間の絆を大切にしてこられました。この逆説に敏感でないと、システムに登録されるかわりに、フラット化されたクズになります。
例えば、黒人差別は解消されるべきです。でもそれが今の白人社会に平等に登録されることを意味するのであれば、非常にまずい。ゲットー※8があってブロンクス※9があったから、ヒップホップが生まれました。差別や抑圧に抗う手段として、新たな表現が生まれ、独自の文化が生まれたんです。その意味で、単に〝格差や差別はよくない〟という言い方だけでは覆い尽くせない複雑な要素を、忘れてはいけないです。
日本は他に先駆けて、80年代に社会がクソ化して、言外・法外・損得外を失い、人がクズ化して、言葉の自動機械・法の奴隷・損得マシーン化しました。日本人の一部はそれを知っていた。だから90年代にアジアのいろんな街が急速に日本化する前に、日本の悪しき前例をアジアに伝えられたはずです。僕はそれをしてきたつもりだけど、力が足りなかった。同じ怠慢を繰り返してはダメです。世界に向かって、日本化は終わりの始まりなのだと伝える必要があります。僕らは実際に経験したので伝える資格があります。それを続けることで、運が良ければ、日本が悪い場所から良い場所に転じるかもしれません」
三船「それでいうと、表現者として、去年は自分なりにすごくもがいて、デジタル上で祝祭を作ったり、少ない人数でもツアーやったりしたけど、そこで得た経験値はすごく大きくて、何か手応えを感じているんです。この状況がずっと続いて欲しくは無いんだけれども、今年はその動きをさらに続けていきたいですし、音楽を通して、言語を超えた価値観や意志、感覚を共有できる場や繋がりを、コロナ禍、この場所から作っていきたいですし、作れる予感があります」
※8ゲットー……ヨーロッパ諸都市内でユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区。アメリカ合衆国などの大都市におけるマイノリティの密集居住地を指すこともある。
※9ブロンクス……アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市の最北端に位置する行政区。ヒップホップ発祥の地と言われる。
「仲間を作ることはすごく大切だって思ったし、何かのヒントになる」(三船)
繋がる道具はテックだけど、繋がりたい動機は直感的・本能的なものなんでしょうね。三船さんが言っていた、六感的な感覚を人間は再び試されている気がします。
三船「それでいうと、面白かったのが、去年金沢にある21世紀美術館で音楽制作のワークショップをやったときのことです。子供たちに楽器を弾かせて、作詞までして1曲を作ったとき、最初に〝おはようございます〟って入ってきた時と曲を作った後の顔が全然違ってて。
アーティストでも今できることを探しながら来るべき日に備えて、この嵐が過ぎ去るのを待っている人は多いけど、新しくどうしていくかを話し合える人はあまりいないんです。これまでやってきた世界に戻ろうとする人が多い中で、僕としては、以前と同じ状態に戻ることはないと想定して、この先どうやって音楽と共に動くのか。自戒も込めて退路を断ち、新しい方向、現実的には半年先、さらに5年先を考えていきたいですね」
声を上げ、行動を起こす。その〝かがり火〟みたいなものに寄ってくる仲間が大切だと思います。RBBの最新アルバム『極彩色の色彩』の中の『極彩 | I G L (S)』という曲に〝遠くから呼ぶ声が 聞こえるか ? 聞こえるか ? 叫び声を上げるのを 止めるな 止めるな〟という歌詞があります。今日の話を聞いていて、沈みゆく潜水艦から脱出を図って、新しい島に漂着する仲間を募っている新しいコミュニティの始まりの歌に思えました。
宮台「音楽界隈(かいわい)について言うと、いわゆるスケールメリットっていうのが以前ほどありません。映画も同じです。個人でマイクロファンデングして映画を作り、小さな規模で配信して、それなりにお金を回収する方向に乗り出す人が出てきました。ライブコンサートができなくなった分、テックを使ってどれだけ有効な体験を与えられるかが勝負になるので、個人の工夫次第です。三船さんにとってもチャンスでしょう」
三船「はい。だから考え続けなければいけないですね。本当に感動する瞬間をフィジカルでリアルな現場と、オンラインの現場の両方で作り出すことができたらすごくいいなと、いろいろな人の話を聞きながら考えています。今回、宮台さんと出会えたのもうれしくて。実際に会って話しをすることで、オンラインでは絶対にできないイレギュラーな要素というか良い意味でのバグが起きてくる。今ってコロナ禍で人に会うのが怖いけど、でも改めて仲間を作ることはすごく大切だし、そこにヒントがあると改めて感じて、とても刺激になりました。ありがとうございました」
宮台真司
1959年、仙台市生まれ。東京都立大学教授。専門は社会学。映画批評家の顔も持つ。90年代、援助交際やオウム真理教事件に関する論考で注目を集め、以降さまざまなメディアを通じて、政治や社会に対する批評を続ける。
『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『日本の難点』(幻冬舎新書)など著書多数。近著に『音楽が聴けなくなる日』(共著)。
*プレイリスト
『みちくさ』JAGATARA
『Long Season』フィッシュマンズ
『ワールズエンド・スーパーノヴァ』くるり
『On the Silent Wings of Freedom』Yes
『BBC 1.3.73』Faust
『Oh Yeah』CAN
ROTH BART BARON 三船雅也
2014年に1stアルバム『ロットバルトバロンの氷河期』をフィラデルフィアにて制作、以降カナダ・モントリオールやイギリス・ロンドンにてアルバムを制作。4th アルバム『けものたちの名前』は多くの音楽メディアで称賛を得、現在は最新アルバム『極彩色の祝祭』を発表し、ツアーを開催中。また、2021年5月22-23日には青山 Blue Note TOKYO にて初のジャズクラブ公演を開催する。https://www.rothbartbaron.com/
https://twitter.com/bearbeargraph
https://www.instagram.com/beargraph/
https://www.facebook.com/rothbartbaron/
*プレイリスト
『Alto Voices』Sam Gendel
『Home』 Caribou
『Anything』 Adrian Lenker
インタビュー : ジョー横溝
2021年1月20日東京 LOFT9 Shibuyaにて